発見のモニュメントはけっこう最近造られたもので、1960年にエンリケ航海王子の500回忌を記念して建てられたものだという。白くて大きな記念碑で、たくさんの人物の彫刻がテージョ川に乗り出すようにしてある。近くで見ると、その人物たちの彫刻は驚くほど大きい。そしてそのモニュメントの先頭に立っているのが、エンリケ航海王子なのである。

エンリケ航海王子は、自ら航海することはなかったらしいが、パトロンとして航海者たちを指導・援助し、ポルトガルそして世界の大航海時代を作った人だ。エンリケ王子は、ポルトガルのサグレスという小さな町に、航海学校を作ったりもしたのだ。とにかく、ポルトガルにおいて、いやきっと世界史においてもエンリケ王子の果たした役割はものすごく大きいものなのだろう。
現代になっても、こんな立派なモニュメントが造られてしまうくらいだから、今でもきっとポルトガルでは英雄なんだろうなって思った。
たしかエンリケ航海王子は、生涯独身だったような気がする。キリスト教の熱烈な信棒者でもあり、黙々と大航海時代の幕開けをつくったというこの王子は、私のイメージの中ではなんとなく寡黙で質素、そしてちょっともの悲しい雰囲気を漂わせていた王子だったのではないかと思ってしまう。
発見のモニュメントの前の広場には、大理石で作られた世界地図が地面に広がっている。世界各地の国のところには、その土地を発見した年号が記されている。日本地図のところには、1541年と書かれているので、ポルトガルが日本を発見したのはこの年だったのだろう。ここで日本と世界史がつながるのかと思うと、なんとなく不思議な気がする。
発見のモニュメントの後は、それよりもさらに1�劼曚媛聾�に下ったところにある“ベレンの塔”というところに行ってみた。この塔は16世紀に建てられたもので、それほど大きくはないが、白い石造りの塔は、テージョ川に浮かんでいるみたいでとてもきれいだった。

この辺は、大西洋とテージョ川の境目になるらしく、対岸の土地が見えるもののさらにこの辺は海らしい雰囲気になってくる。1階は昔、水牢として使われていたということだが、3階などには王族の居室もあったという。狭い階段をつたって、塔の上まで登れるが、石造りのその建物は、今ではとても王族の居室があったとは思えないような閑散として寒々とした内部のように感じた。部屋もそれほど広くはない。
ただ、テラスに出てテージョ川を眺めると、テージョ川や対岸の美しさを見渡せるし、川を渡って吹いてくる風がとても心地よく、最高のものだった。


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